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東京地裁が一九七九年十月八日に下した「練馬区事件」をめぐるものである。
ミニ開発を計画した業者にたいし、建築確認を留保した練馬区が訴えられた事件だ。
判決はいう。
「現代の行政は、流動する社会現象の中で、絶えず生起する新しい事態に適切に対応し、憲法を頂点とする法秩序の中で、そこに示された福祉国家の理念の実現に努力しなければならない責務をおっており……住民の要望に応え、快適な住環境の保全、維持及び増進をはかるべく、本件申請のような狭小な開発行為に対して、強制力を伴わない行政指導を行うこと自体は、なんら建築基準法に違反するものではなく、むしろ法秩序全体に照らし、適法かつ合法である」。
ミニ開発の阻止を願う要綱の指導が、憲法を頂点とする法秩序に沿うものであり、建築行政上関係地方公共団体に強く求められ、かつ重要な機能を果している」。
ここでは、建築基準法のもとでは乱開発による住民の被害を防げないという現実を直視して、その調停、解決をめざす自治体の役割を評価している。
この時期には、建築確認の留保をめぐる訴訟で、自治体側が同じような理由で勝訴したケースがほかにもあった。
武蔵野市事件武蔵野市は一九七一年、マンション建設のラッシュによる日照権の侵害や騒音被害の急増、道路や下水道などのインフラ整備や学校建設予算の増加に対処するため、建築主や業者にたいし日照権に関して周辺住民の同意を得ることを義務づけ、教育施設の建築費あるいは用地取得費の負担を定めた宅地開発指導要綱を施行した。
要綱の規定にそった行政指導を拒むと水道のしる自治体の責務であるといっていることは注目される。
実際、ミニ開発が全国の大都市でくり広げられるようになると、建設省も都市計画法を改正して規制に乗り出した。
一九八○年の改正で都市計画法に盛り込まれた「地区計画」である。
ミニ開発にたいする自治体の抵抗が裁判所で認められ、さらに国の法律によって追認されたわけである。
一九八○年代、とくに中曽根内閣のアーバン・ルネッサンスの「規制緩和」の声のなかで、より正確にいえば、「規制緩和」を促した建設・不動産業界の声のなかで、要綱行政のうち最大の標的になったのが開発負担金だった。
この開発負担金こそ要綱の核心部分であった。
これについても、当初、裁判所は自治体側に好意的であった。
その後、最高裁判所が下級審の判断をひっくり返すというパターンができた。
供給を拒否する制裁条項もあった。
この要綱をめぐっては当時の後藤喜八郎市長個人が、要綱に従わなかった業者に給水を拒否した事件で、水道法違反容疑で起訴され、一九八九年十一月七日の最高裁判決で罰金十万円の有罪判決が確定している。
さらにこれとは別に、地元の地主が一九七七年、三階建てマンション二棟を建設する際に、千五百万円の教育負担金を納めたが、その後、不当として返還などを求めている裁判がある。
繁雑になるので、大筋の経過だけたどると、一審の東京地裁、二審の東京高裁とも、事前協議で市側が水道の給水拒否をちらつかせて地主を威ししたことはなく、この行政指導は違法ではなかった、と行政側勝訴の判決を下していた。
だが、一九九三年二月十八日、最高裁第一小法廷は、任意に寄付を求めることは適法としながら、給水拒否条項は水道法違反であると断じ、市側の態度は納付しなければ給水を拒否されると受けとめられるようなもので、任意に寄付金の納付を求める行政指導の限度をこえている、との判決を下し、審理を東京高裁に差し一戻した。
最高裁の判断だけに、自治体にたいする打撃は大きく、逆に地主や業者を勇気づけるものだった。
このように開発負担金については判決が分かれたのだが、法的にいえば負担金の支払いが自由な意志による贈与契約か否かの認定にかかっている。
もう一歩踏み込めば、要綱を必要としている自治体の実態に判断の重点を置くか否かという問題にかかわってくるといえよう。
裁判所が判決に当たって、国が定めた法律を優先する「法治主義」をとるか、社会的な要請を背景に自治体が定めた要綱に応えるか否かという論点でもある。
一般に、司法の問題をめぐっては、裁判所の判断が法治主義に傾き、学説のほうがより柔軟な解釈をふくんでおり、多様である。
指導要綱をめぐっては、自治体の実態に踏み込んだ場合はこれまで、裁判所の判断の方が学説より柔軟な場合があり、多様性を示していたことは注目に値する。
訴訟が上級審に行くにしたがい、判決は法治主義の色彩を濃くする。
また中曽根政権の登場前後から、業界、財界の要請を受けて荒れ狂った都市開発をめぐる「規制緩和」の嵐その象徴は前章で検討した霞ヶ関の通達行政以後は下級審でも要綱にたいする否定的な判断が明らかにふえる傾向にある。
武蔵野市事件をもういちど振り返ってみよう。
地方自治をめぐる基本的な問題が含まれている。
ほかの自治体と同じく、武蔵野市の要綱も議会の議決をへてはいないが、議会の全員協議条例の時代へ宅地開発指導要綱は、池田勇人の「所得倍増論」や田中角栄の「日本列島改造論」が、本来の都市計画抜きに、日本全土を開発の嵐に巻き込んだ結果、宅地造成ラッシュによる財政破綻に直面した地方自治体がとった対抗策だった。
全国の自治体約三千三百のうち三分の一がそうした要綱をつくらざるをえなかったことは、乱開発のすさまじさを物語っていた。
中曽根政権の「アーバン・ルネッサンス」と「民間活力路線」は、「所得倍増論」や「日本列島改造論」の時代を上回る都市の乱開発と自然破壊を全国にもたらしたが、都市の乱開発の裏には、都市計画法、建築基準法など、都市にかかわる法律の大幅な規制緩和と金融の超緩和という共犯者がいた。
自然の破壊は、これら共犯者と一九八七年六月に施行されたリゾート法(総合保養地域整備法)が組んで引きおこしたゴルフ場、スキー場、ホテル、リゾート・マンションの建設ラッシュによるものだった。
自治体が工業開発を中心にした「日本列島改造論」までの乱開発に抵抗する手段が要綱会の同意を得ている。
いわば、武蔵野市の要綱をめぐる判決は住民と、住民を代表する議会の意思を、法治主義の名によって蹴散らしたのである。
たが、はるかに上回る都市と自然の破壊にたいして自治体がとったのは、種の「まちづくり条例」だった。
国主導による都市と自然の破壊の嵐のなかで、自治体の抵抗は「要綱」から「条例」の時代に入ってゆく。
では、なぜ「条例」なのか。
要綱は議会の議決をへていないから、いってみれば知事や市町村長に代表される行政が一方的につくったルールだった。
法律的な裏付けを欠くことになる。
そこを政官財の鉄の三角地帯や最高裁が衝いてきた。
条例の時代の背景には、土地、住宅、都市、自然をめぐる危機の深刻化のほかに、自治体が鉄の三角地帯や司法の攻撃に抵抗するためには議会を参加させて足元を強化する必要があったという事情がある。
議会の議決という法的な手続きをへて定められる条例には、行政当局だけの意思ではなく、議会と議会を選ぶ住民の意思が込められている。
要綱に比べ、民主的な手続きがさらにすすみ、自治体の自治も前進したわけだ。
事業者としても、要綱より抵抗しにくくなる。
また、裁判所においても、法律的にいえば、条例のほうが要綱より「正当性」をもっている。
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